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美容と健康の生き活きサロン「ゆりの森」

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ゆりの森について

久美子社長のひとり言

2017年12月

白い妖精が舞い降りて、山々が美しく白銀の世界が始まろうとしています。

 

一年の終わりの月、

この私の一人言を読んで下さっている方々は、いかがお過ごしですか?

 

冒頭の季節のご挨拶は、子供の頃の感覚を思い出して表現しました。

大人になると誰もが思う、『雪が降ってくる!』

私も、勿論そのような意識で見つめてしまう自分がいます。

 

けれど一方 子供の頃に育った感性は、そこを打ち消します。

やはり、『妖精の舞い降りてくる季節』 そう感じている自分がいるのも事実です。

 

幼い頃に、空を仰ぎ見ながら次から次へと降る雪に感動してみておりました。

しまいには首が痛くなって雪の上に倒れ込み、寒いなんてあるいは、冷たいなんて

一言も出ない、降る雪に魅せられておりました。

 

『綺麗!』 こんな自分を振り返ると、子供の頃は、全てが体験で喜びでした。

雪が降ろうと豪雪になろうと、心は豊かだったように思います。

 

よくよく過去を振り返ったら、山奥で育った私達

兄弟三人で朝早くから、道つけを「カンジキ」でしていました。

隣の家までの二本の道を、朝の六時から兄弟三人で道をつける仕事でした。

辛い時もありましたが、達成感を味わっていました。

でも、子供のお仕事ですから、所詮雑な道つけでした。()

又、体重の軽かった私のした後は、人が歩くとすぐにズボズボと埋まってしまうような

道つけでした。

そんな、中途半端な道をつける作業でも、父や母の笑顔や慰労の一言が、子供ながらに

嬉しかったものでした。

 

私の田舎は4メートルから5メートルの雪が降り積もります。

毎日、学校から帰ったら雪降ろし

これも屋根にあがって、兄弟三人で遊びながらですが、必死に雪降ろしと雪かきをして

いました。

飽きてきたら屋根の上から兄も弟も空中回転で着陸。

パウダースノーですから、粉雪が舞い上がり凄いダイビングでした。

今から思うと凄い遊びをしていたものです。

 

それにしても、よくそんな豪雪地帯に住んでいたなぁと思います。

 

しかし、良くも悪くも全ては今の自分を育てる為の尊い環境と体験に出会ったように思

います。

そんな想いが立ち上がり、一人言を綴っておりますが

 

もう少しで、一年も閉じていきます。

 

本年も様々ありました。

皆さまはいかがでしたか?

 

出逢いと別れを重ねながら育っていくのは、何でしょう?

そんな、風に自分に問いかけます。

 

肉体は、父母、ご先祖様からいただきましたが魂は?

私は神様と答えます。

 

どちらも自分のものであるようで自分のものではありません。

子供が生まれた時に誰もが新鮮に思う【授かりもの】そう思います。

 

そのように見つめたら本当に自らを大切に大切にしたいですね。

 

では何を大切に?

 

クリスマスももうじき

私は、クリスチャンではありませんが、イエス・キリストを偲びます。

何を大切に生きられた方か想いを馳せてみてください。

 

クリスマス

天から妖精が舞い降りて皆様の心をあたたかく導き、一年を終えていく、豊かな月に

なりますように

  

                            祈りを込めて         

       m(__)m.:*:'°☆

2017年11月

深まりゆく秋、兄と弟と私で、郷里の地に行って参りました。

 

懐かしい風景を見詰めながら、幼い頃の三人の姿が浮かび上がります。

 

実家の跡地は、木々や草が生い茂り、面影を失っておりました。

そんな中でも走馬灯に浮かぶ幼少期の想い出が甦ります。

兄と弟と遊んだ、裏藪の中。ターザンごっこや、その木々の下で遊んだ缶けり

苅田の中での戦争ごっこ。

泣いて笑ってケンカして本当にくったくのない三人の姿が浮かび上がりました。

脳裏に浮かぶそんな情景は私だけでなく、兄も弟も感じていたことと思います。

 

山深い中で育った私達には、今の生活から想像出来ない生活環境でした。

当時は全てが自給自足のような内容でした。

遊びも木々や草花、動物達。 自然がお友だちでした。

 

楽しみや喜びはいつも私達の手のひらにあったように思います。

そして、両親の愛も。

父の叱咤や母の取りなしケンカしても、悪さをしても、両親のバランスの良い愛情に内包され深い愛に支えられて育ちました。

 

私達子供に与えてくれていたのは、外側の強制的なものは全くなく、心の自由を与えてくれていたように思います。

様々な想いを見詰めながら

当時の面影がなくなった実家の跡地に、三人で感謝のお祈りをし、お墓にお参りをして帰って参りました。

 

その後、大人になって初めて三人で、お昼の食事をとりました。

私は胸が熱くなり涙が止まりませんでした。

 

兄と弟の真ん中で育ち、今更ながら二人の間で見守られていたのだと感じ、兄と弟の語らずとも感じる愛情に触れました。

 

ふるさと

 

私の大好きな歌は、「ふるさと」。思わず心の中で、口ずさんでおりました。

『~志しを果たしていつの日にか帰らん~

 

私の胸の内の志し新しい出発を胸に

私を育ててくれた、ふるさとの空と大地

そして、人生を出発する根っこを育ててくれた父母の愛、兄弟の愛に心からの感謝をおくりました。

 

2017年、この深まりゆく秋は、私の心の新しい出発になりました。

            合掌

2017年10月

風の流れが変わりました。

雲の動きも形も……草花も秋雨に打たれて静かに咲いています。

 

先日、関山神社に参拝にいって参りました。

火祭りで有名な神社ですが、初めての参拝に感謝が溢れて参りました。

静かな時間。日常に最近感じられなかった佇まい。

 

私は、こんな時間を取り戻したかったと正直に感じました。

 

言葉を平らに表現したら静けさの中に丁寧に生きる。

そんな感じでしょうか?

 

私達の回り、生活環境は、外側の刺激が強く影響を及ぼしております。

(知らぬ間に外側の世界だけに目を向けて)

帰宅して『丁寧』と言う言葉が浮かんで参りました。

 

私達は、時間を作り、時間に追われ、時間を追いかけています。

 

思わず私は丁寧に布団をたたみ、角と角を合わせてブランケットをたたみ、

洋服も丁寧にたたみ、物の置き方も静かに、戸を開けるとき閉めるときも静かに、更にお茶碗を洗うときも丁寧に。

花瓶の中のお花に目を向けて水を替え、玄関の靴は綺麗に並べて……

 

こんな風に、日頃の生活に自分の行動に目を向けて所作を見つめてみました。

 

数日、このように過ごすと、不思議に全ての存在に感謝が沸き上がってくるのを感じます。存在のありがたさ。

 

又、丁寧であることは『優しさ』であると感じます。

 

日頃の外側に意識を向けて煩雑に生活をすると、心がいつの間にか乱れて、人を思いやることさえ忘れます。タオルやハンカチをたたむ時に、角と角をあわせずにいると、角が(つの)が出てくるような感じになります。丁寧に生きると日頃の心の雑な動きが、不思議とあぶりだされてくるのです。

 

 

日本を改めて見つめると、日本の文化の中に継承されている、『優しさ・豊かさ・美しさ』そんな内側の世界に氣づきます。

 

 

この秋

更に自分の内側()に光をあててみたいと感じます。

 

10月も宜しくお願いいたしますm(__)m

2017年9月

初秋の風に乗って旅立った最愛の父の月命日が9月2日。

18年の月日が流れました。

 

父の名前は【晴清】  字のごとく、とても清々とした人でした。

竹を割ったような真っ直ぐな性格で、笑うと金歯が映えて()、飲んだとき以外はめったに怒った事がなく、困っている人には、さりげなく施しをしていた父でした。それは父が17才の時に、お父さんが倒れ、お母さんを亡くし一家の主にならなければいけなかった苦労の人生を幼いながらに出発したからでしょう。人の苦労を真に理解しそっと添える人でした。そして自ら苦労話を語ることもなく、(母が父の事を、話してくれました。)寡黙なそんな父が大好きでした。

 

ススキがたおやかに風に流れコスモスが咲き始めた郷里に、沢山の想い出を携えながら、月命日に墓掃除に行ってきました。沢山の苔が、お墓の回りにはびこり墓石は磨かないと真っ黒に汚れていました。

 

掃除は、友人の今村浩美ちゃんが一緒に手伝ってくれました。彼女は私が忘れていても、父の命日を必ず覚えてくれて、毎年お墓参りに同行してくれます。父が生前『良い友人に出逢ったね。久美子が最も辛いときに、一緒に泣いてくれる人。そして久美子の喜びを自分の事のように喜んでくれる人。そんな人と出逢う為に自分を磨くんだよ。磨いた分だけ神様が陰で導いてくれるんだよ。更に出逢いを大切にするんだよ。』そんな事を、語ってくれました。

この言葉は体を病んで入院しているときに語ってくれた言葉です。

私は当事、体が大変で父の看病すら、まったくままならないときに、浩美ちゃんと、彼女のお母さんが、病院に駆けつけて、何日も私の父の看護を手伝ってくれたのです。父は、衰弱していく体を感じながらこの人間関係をみつめて、私に残したい想いを表現してくれたのでしょう。

 

お墓の掃除をしながら、傍らで自分のお墓のように苔をとる浩美ちゃんの姿をみつめ、父との想い出を重ねていました。

 

 

 

お墓は、御先祖様と私達子孫を結ぶ受信機であり発信器とも言われます。

先祖祭りは尊い想いを繋ぎます。甦る魂還る魂。

 

私の存在がこの世に生を生み出す迄にどれ程の想いの中に命のバトンが渡されたのでしょう。

 

私は、当時の父の言葉、教えを携えて今に至ります。

今この立ち位置は過去と未来を結ぶ尊い【今】その【今】現在

私は、家族のようなスタッフに支えられています。

私の全てを理解して愛情深く支えてくれる明美店長を始めとして愉快な優しい個性豊かなスタッフ。

そして、沢山の仲間に真に支えられています。

 

『お父さんありがとうございます。私は何にも変えられない信頼を育ませて頂いています。人生とは何か?人間関係ですね。その命題が貴方のお陰で与えられてきています。』

 

私は自宅の祭壇でこのように祈りを捧げました。

 

父はシンプルに私に投げ掛けます。【人生は難しくない。応援しているよ。】

そんな声が聞こえてきました。

 

 

 

 

 

もうじきお彼岸です。

お墓参りに(父と御先祖様に会いに)又、出掛けます。

 

 

皆様も魂の出逢いを、感じてみませんか?

 

       良きお彼岸の日に

 

9月も宜しくお願いいたします。

 

2017年8月

幼い頃の夏休み。

私にとっては特別なものでした。

夏の朝に咲く朝顔を眺めながらラジオ体操に出かけ、少しの道草をしながら、トンボを追いかけたり、ひまわりを眺めたり蓮の華と葉っぱで遊んだり

 

兄妹で、川遊び。カブトムシやクワガタを捕まえ

私の子供の頃は自然が遊園地でした。

 

草の香りや風の音、小川のせせらぎ。野の草花と遊び昆虫は不思議なオモチャ。

 

どこを取っても大自然。

夏になると、郷里の地を訪ねたくなります。

 

もう少しでお盆を迎えます。ご先祖様を迎え、離ればなれになった縁をひとつに結ぶお墓参り。出逢いと別れが必ず訪れる切なさも感じます。

 

様々な想いが交差する中で、くったくのなかった、幼い子供時代を思いだし

私という存在が生まれて来るまでの、尊いご先祖様に思いを馳せます。

 

集う魂還る魂。

 

蓮に座す仏様。

泥沼から美しい華を咲かせる蓮。蓮は泥沼から出でて泥に染まらず

 

あの、幼い子供時代の純粋な想いによみがえらせてくれる夏休みと、お盆。

蓮の華が導いてくれるようですね。

 

人の生きざまを

 

8月を迎え、お盆と終戦記念日も迎えます。

 

少しでも故人に思いを馳せながら、生命を繋いで下さる存在に感謝しながら手を合わせる、そんな時を迎えたいと思います。

 

8月

      祈りの月でもありますように。

                   合掌

2017年7月

紫陽花の美しい季節です。

雨上がりの後の紫陽花の美しさは格段の光を放っています。

しっとりと佇み、太陽の光を浴びて様々な色合いを映し出す紫陽花は、私の人生をいつも見つめ返してくれる大切なお花です。

 

25年も前に韓国に嫁いだ友人が、『久美ちゃん、私の母はね、額アジサイが大好きだったんだよ。母は亡くなってしまったけど、妹と額アジサイが咲く季節は、母を思い出し二人で頑張っていこうねと、いつもこの季節に励まし合うの。』こんな風に紫陽花の想い出を語ってくれたことがありました。

 

『チーちゃん』と呼んでいたこの友人が、嫁ぐ前に『私ね、もうじき嫁ぐから、紫陽花の浴衣を久美ちゃんのお友達にプレゼントしていい? 私は韓国で使わないから。』と。なぜ想い出の絵柄の浴衣を手放すのか不思議になりたずねました。

すると、『久美ちゃんと出逢って素敵な友人を沢山紹介してもらったんだよ。だから久美ちゃんの大切なお友達が浴衣を持っていないと耳にしたから、プレゼントしたいと思ったの。』こんな風に語ってくれました。

 

チーちゃんは私より5才年下で、私達は何でも話せる姉妹のようでした。

私を姉のように慕ってくれ、私は可愛い妹のように感じていました。

出逢ったばかりの頃は、言葉少なくシャイでテンパるヤキモチやさんでした。

 

そのチーちゃんと韓国で逢ったときは、驚くほど大人になっていました。

日韓併合の中で、歴史的に作ってしまった韓日感情。

その人間関係の中で生き抜いていました。

 

『久美ちゃん、年のいった韓国のこちらの人は、まだまだ日本に恨みがあるよ。

私が少しでも架け橋になれればと思っているの。この韓国とのご縁が私のこれからの人生にどんな導きがあるか……心配しないで!いつも久美ちゃんに頼っていたけど、私はしっかり韓国で生きるからね』そう語ってくれました。

 

あれから何年もの月日が流れました。

 

チーちゃんは元気なのかと、いつもこの紫陽花の季節に思い出されます。

沢山の辛い事や痛みがあると思います。

 

何年か前にいただいた手紙で彼女を偲びます。

『元気です。心配しないでね。大丈夫。』

そのわずかな文字に愛情を感じさせてもらいました。

 

今、私は心からチーちゃんに感謝しています。

日本を離れる時に、もちろん私にも素敵なプレゼントをくれたチーちゃんですが、私の大切な友人にもプレゼントを置いていった彼女のその真心に触れました。

 

人と人を繋ぐ事をさり気なく行動に現してくれたチーちゃん。

 

別れの時の私への手紙にこう書かれていました。

『久美ちゃんから得た愛を繋いでいきますね。本当に本当に久美ちゃんに出会った事が生涯の宝です。お姉さんのようでした。でもね、・・・私のお母さんでした』

 

私は手紙をみて泣きました。

 

紫陽花は、大地の母を潤す雨にうたれ、更に美しく咲きます。

生きる事は現実沢山の痛みがあります。

でも、美しい虹のように咲く紫陽花。

全ての痛みは栄養となり美しい花を咲かせるのでしょう。

そんな想いを感じさせてくれた、紫陽花の季節。

また、さりげない人との出逢いが豊かな気持ちに導いてくださいます。

(ちーちゃん、ありがとう。)

 

    皆様も彩り豊かな7月になりますように。  

 

2017年6月

燕尾服の可愛い燕

六月は燕の子ども達も元気に巣立つ時ですね。

幼い頃、春になると燕がやってきて、軒下に巣をかけるのを毎日毎日待っておりました。

 

よく母が、「燕がやってこないと、何かがあるんだよ。」と話してくれました。

 

人間の家に巣をかける鳥はツバメくらいですね。

何故だろう?

そう思っていましたら、男性のお客様が教えてくださいました。

 

『ツバメは身を守る為に、あえて軒下に巣をかけるらしいですよ。』

 

成る程!と思っていたら、その方は、

『実は僕のアパートにツバメが今年初めてやってきたんだけど、いなくなった』と悲しそうに話し始められました。

 

毎日毎日、ピーピー鳴くツバメの雛も可愛く感じ、仕事から帰ってくると嬉しく、雛の声を聞いていたそうです。

ところがある日、床に羽が散らばり巣からは何も聞こえてこない『やられた!』

どうやらカラスにやられたようだと。

それで、毎日悲しくて悲しくて・・・と。

 

又、友人のご主人様は、毎日ツバメをみる事が楽しみだったようですが、ある日、鳴き声が聞こえなくなって巣の中をみたら、巣立っていってしまったツバメにショックで、寂しいと泣かれたそうです。

 

 

この、お話を伺って、ホッと心の中で微笑む私がおりました。

ハートが温かくなるお話。素敵ですね。

 

来年も又、やってくるでしょう

何千キロも何万キロも旅をしながら又、

ふるさとの軒下に

 

道しるべもない、海を渡って、ツバメのように、

人間も心のふるさとに帰れたら

 

又、福を呼ぶツバメさんのように私達も福を呼ぶ人間になりたいものですね。

 

六月は『禄をはむ』

豊かな月になりますように願いを込めて…m(__)m           祈り

2017年5月

待ち遠しい5月を迎えて、心が弾む思いです。

 

新緑の美しさ、色とりどりの花々、まばゆい太陽の光……

外に出て美しい風景を見ながら大きく深呼吸をすると、生命の息吹を感じます。

……こんな風に、待ち遠しい5月を迎える前に、ある出来事がありました。

 

先日、銀行のATMで並んでいた時の出来事です。

私の頭の中は、長蛇の列にも関わらずストレスを感じることなく、菜の花やチューリップの

美しい花々を思い描いておりました。

 

突然!

『うるさいね! え~何言ってんだよ! ハァ~?うるさいなぁ! いい加減にしなよなぁ!』

……私の後ろで主婦の怒鳴り声。完全に廻りを氣にする事もなく、大きな声を張り上げて、

携帯でご主人様と会話の声が、耳にしたくなくても入ってきました。

私の心地よかった頭は完全に破壊され、それどころか、驚きで、心臓がドキドキ波打ち始め

ていました。

 

私の前に並んでいた女性は、小さい少女の手を引いて背中を撫でていました。

少女は振り返り、泣きそうな顔。その前に並んでいる人々は、ビクッとした様子で、主婦を

氣にして、時折後ろを振り返っていました。

 

館内に響き渡りそうな低い怒鳴り声は、その場の空気感を一気に壊してしまいました。

私は前の少女のこわばって今にも泣きそうな顔に、必死で笑顔を返していました。

思いの外、少女の顔から笑みを感じるようになり、ほっとしたのもつかの間、又、先程の女性

が怒鳴り声を張り上げておりました。

とても美しい言葉とは言えず、また言葉だけでなく、その場にいた数十人の人々の内側を完全

に荒々しくしてしまったのです。

 

人の声の波動。人の言葉の汚さから感じる心。影響を受けてしまうこと。

私は久しぶりに、様々な事を実感した出来事になりました。

 

話し方や言葉の選び方、口から発した時に感情を伴った言葉は、更に強い影響を脳に刻み、

聞いた人も、もちろん発した人も脳に刻まれる。そんな思いが立ち上がります。

汚ない言葉が争いを生み、戦争に繋がる事も、決して飛躍した考え方ではないと感じます。

 

ちょっとだけならと思って使った言葉が、負の連鎖を引き起こし、誰も望まない戦争になって

しまうこともあり得ると思います。

 

話し方や言葉の選び方……

本音を語って、自分は気持ちよくても、相手はどうなのか。

そして環境や場の空気を感じる力。

 

そんな些細なところから平和を創造出来ると、改めて感じた出来事でした。

 

美と健康のサロンを営みながら、最近は生活の中での洞察が深まり、来られたお客様に

いかに気持ちよくサロンで過ごして頂けるかを考えております。

人への思いやりや、優しさを提供出来る事をみつめ……世の中が美しくない方向にシフトして

いきそうなときは、その流れを少しでも止められるような人でいたい。

そんなふうに思います。

 

 

5月は気持ちのよい環境作りを更に願って励みます。

 

怒鳴り声事件に出くわしたおかげで、

こんな想いにさせていただいたのは、偶然でなく必然。

学びを頂きました。

 

5月の爽やかな風に負けないよう、素敵な爽やかな風が流れる、【サロンゆりの森】を創造してまいりますね。

 

5月も宜しくお願いいたします。

 

                   m(__)m

 

2017年4月

  

待ちに待った桜の季節がやってきました。

上越高田の観桜会は日本三大夜景、四万本の桜、ソメイヨシノが美しく咲き誇ります。

桜の季節は私にとっても大変感慨深い季節です。当サロンがオープンした月は、この4月

【ゆりの森】も12年目を迎えてまいります。

月日のたつのは本当に早いものです。

皆様に支えられ、愛され、スタッフと共に仲良く歩んでこられました。

そして、お客様とも友人関係、親戚関係のように、素敵な人間関係を育んでこられたように思います。

今では、沢山のお客様から【ゆりの森】があることは精神的な支えです。

こんなふうにおっしゃってくださいます。

多くのお客様から素敵な想いを頂いております。

 

人生はあっというまに過ぎていきます。

私は、【ゆりの森】を皆様との憩いの森()として見つめています。

心身が病んだ事実を受け入れながら、そこから学ぶ私達の人生。

人生は、本来素晴らしく楽しいもの。

病は、真の自分に氣づかせてくれます。

先日もお客様から頂いた言葉。

『病気を通じて自分の今までの生き方を振り返りました。そこからみえてきた自分の生き方。深く感じる事が出来ました。社長、ゆりの森の存在がどれ程大切な出逢いだったか、今更ながら感謝がわき上がります。ありがとうございます、』と

 

この4月は、出逢いと別れが交差する季節です。

 

新しい出逢いを楽しみに、新年度を出発して参りたいと思います。

 

これからも、どうぞ宜しくお願いいたします。

 

2017年3月

弥生三月

雪国の上越も、降る雪は、たおやかな~ひらり・ひらりと春の雪。

凍てついた大地も、木々も、川のせせらぎも和らいで、頬を撫でる風も優しさを感じます。

穏やかな日差しが窓辺から差し込んで、春の来たことをつげています。

 

先日、ある女性誌に掲載されていた有名な若い女優さんのエッセイを読みました。

春を綴った内容でした。

 

「コンクリートとビルの谷間に育ったために、春の桜をみても、心から美しいと感じられず、木々や花をみても、何も心を動かされない自分だった。ただ、大人になった今気づいた事は、『桜は美しい』と親から定義付けされた見方をしていたという事。動植物も、幼い頃に触れ合うことがなかったために、心から可愛いと思えなかったのだと。そんな自分の中の感じ方の違和感があった。」と綴られていました。

 

正直なエッセイに感心しました。

改めて想うことは、人が同じものをみても、感じ方は本当に違うのだろうと思います。

 

私は大自然の中で育った為に、逆に都会に違和感を感じ、ビルの谷間やコンクリートジャングルは、いつまでたっても馴染めません。

若い頃、都会に憧れて上京をした私は、一週間で郷里に帰りたくなり、辛くて辛くてアパートのトイレで泣いた覚えがあります。()

今も、東京に出向いても、空気や雰囲気が肌に合わなく、慣れるという事が全くありません。

 

年齢を重ねながら、少しづつ見えてきた、この世のありよう。

 

私の内側に変わらずあるのは、流されていくこの世の価値観ではなく、自らの内側にあふれでる意識と出逢う事。

それと同時に、他の人々の想いを尊重したいと、思うようになりました。

 

自分の内側に正直である事(自我と真我の調和)・・・その意識の延長線上に見えてくる、自らの本当の意識に出逢う。

冒頭でご紹介したエッセイの女優さんは、正直な自分に出逢っているのでしょう。

 

自らの心に光をあててみる力。

 

穏やかな春。芽吹こうとする新しい生命のエネルギーに負ける事なく、私達も、自らの内外共に語りかけ、新しい創造をして参りたいですね。

 

 

  桜の開花を待ちわびながら…     三月も宜しくお願いいたします。      (^-^)m(__)m

2017年2月

2月、旧暦のお正月を迎えました。皆さん、お元気でお過ごしですか?

寒い日々が続いておりますが、暦の上では春を迎えました。

節分、豆まきを終えて2月4日は立春です。

 

けれど

雪国、新潟上越は、まだまだ冬の真只中です。

日照時間の少ない雪国に住んでいると、本当に太陽が恋しくなりますね。

先日、私は出張で東京に五日間滞在致しましたが、太陽が何だか新鮮に感じました。

不思議なもので、上越で味わう太陽ではありませんでした。

 

何故なのかしら? と、感じてみたら

 

新潟上越では、本当に雪が降り続き、重い雲が空を覆いつくす毎日です。

こんな日々がつづくと、心まで重くなりそうですが

やはり、重い空が続いた日々の雲の間から、差し込む太陽の光は醍醐味です。

これは、都会や、あるいは、リゾート地などで感じる味わい方とまったく違う喜びです。

太陽の光を感じただけで、言い知れぬ喜びがやってきます。

 

当たり前の……凄く、当たり前の事と思われるかもしれませんが、

いつも太陽の恵みを頂いている地域では、中々感じる事ができないかもしれません。

この当たり前のような体験は、人それぞれですが、私は最近、こんな足元の事から本当に言い知れぬ感謝がやってきます。

どんな暖房よりも暖かく優しく包み込んでくれる太陽の恵みに、思わず手を合わせたくなります。

 

先日、あるお客様がこんな事を心からおっしゃいました。

 

【『ゆりの森』さんは、太陽のような存在です。

いつも暖かく丁度よい加減で迎えてくださり又お月さまのような存在でもあります。

そう陰で優しく支えてくださり

こんな素敵なサロンに出逢えて良かったです。

そして最近気づきました。 ゆりの森さんの存在が当たり前になっていた事に

 

東京や大阪に用があって、出掛けて帰ってきた時に、まず浮かんだのは、『ゆりの森』に早く行きたい・・・そんな風に思いました。

 

社長さん、ゆりの森を作ってくださりありがとうございました。

改めて「灯台元暗し」でした!

 

スタッフさんも素敵です。最高です。

まるで、寒い冬にほっこり現れた太陽のようなサロンです。】

 

私は、今一人言を綴りながら、こんな事を語ってくださったお客様を思い出しました。

嬉しい言葉でした。

 

ゆりの森は、沢山のお客様が、心身を痛み悩み又、回復を願い、心身の健康管理を願いながら来店されます。

立春を迎えて、改めて皆様のお役にたち暖かな春の日差しを放っていけるよう励みます。

 

2月も、どうぞ宜しくお願いいたします。                  m(__)m(^-^)

2017年1月

新しい年を迎えました。 本年も宜しくお願いいたします。

 

昨年末、義理の母が他界致しました。

私の胸の内に、なんとも言えない焦燥感がやって来ました。

義母の最後の言葉(しっかりとした会話)は、「久美ちゃんお誕生日おめでとう。

久美ちゃんは、この頃、元気になったね。良かった、良かった……。でもね、無理するんじゃないよ。体は大事にするんだよ。」

私の手を力強く握り、暫く手を離そうとしませんでした。

たぶん義母は、お別れがわかっていたのかもしれません。

亡くなる一週間前の出来事でした。

 

義母は、フレンドリーな楽しい女性でした。

おおらかで、たまに私の辛い胸の内をお話しすると、『大丈夫、大丈夫、きっとうまくいくよ。』と、励ましてくれました。

 

義母との思い出は、後から後から溢れてきます。

今から14年位前、ゆりの森を、立ち上げる少し前の出来事でした。

二人で、庭の大きな鉢の中で咲いている綺麗な百合を見ながらお茶を飲んでおりました。

「あの百合、久美ちゃんが植えてくれたんだね。ありがとう。」

「えっ? お母さんが植えたんじゃないの?私はお母さんが植えてくれたんだとばかり思っていたのよ!」・・・・??

二人はその後狐に騙されたような顔で、無言になってしまいました。

 

その後新しいサロンのビジョンと、サロン名は【ゆりの森】にすることを語りました。

義母は、私の話に、しっかり耳を傾けてくれました。

特に私の話の中で、何故、サロン名が【ゆりの森】なのかその事に心が動いたようで、涙を流しながら聞いてくれました。

 

その内容を簡単に御紹介します。

実は私の父は材木屋を営んでおりました。冬になると木を買いに歩きます。

そして、その木を、春の芽吹きがふく前に、残雪がまだあるときに伐採します。

父は伐採の時に、他の木を傷つけずに、見事に倒します。伐採の名人でした。

また、父は百合の花が大好きで、伐採後の山に百合の花を植えては満足な顔をしていたものです。

ある時、私は父に訪ねました。「ねぇ、何で百合を植えるの?」父は答えました。

「百合はね、山で切った木を慰めてくれるんだよ。そして、百合は大好きな花なんだ。」

幼い私にとって、とても印象深い話でした。

 

その話を以前、実の母にすると、「父は百合の花が大好きだから、女の子が生まれたら、百合子と命名する予定だったんだけど、いざ待望の女の子が生まれて、百合子と命名する決意で役所に行ったら、何故だか、久美子と命名して帰ってきたしまった」と。

そのエピソードは衝撃的でした。

 

そして、この話を義母にしたら

「そうなんだ【ゆりの森】それは、久美ちゃんのお父さんが願っている、サロンの名前だね。お父さんが久美ちゃんを想って命名したいと天国で想っているんだね。頑張ってね」と、言ってくれました。

 

振り返ると、亡き二人の親から励ましてもらった【サロンゆりの森】

 

葬儀場で、花嫁衣装でお別れしていく義理の母。棺の傍らで、主人の涙を、義理の妹の涙をみつめながら、お別れの切なさを見届けていた私に、フラッシュバックのように思い出がよみがえってきます。

義母の顔の傍らに、そっと百合を手向けました。

「お母さんありがとうございます。天国で私達を見守っていてくださいね。」

 

             

2017年は、どんな年になるでしょう。

しかし、私達がその与えられた年を創造していきます。そう思ったら他人事ではありませんね。

私は、この体験から、亡き二人の親から頂いたメッセージを土台に、心から励んでいこうと思います。

 

今ここに、13年前に主人が一生懸命に作ってくれた【ゆりの森】のパンフレットがあります。

 

想い   そのページは、私の想いを綴ってくれたのです。

 

今、私はそのページをみていますが、見ながら涙が止まりません。

主人が心から私の想いを感じて表現してくれたパンフレット。

私の想いを受け取ってもらって、支えてもらって今がある。

そして、今更ながら思います。……

私はどれだけの人々に支えて頂いているのでしょう。

 

パンフレットには、   ゆりの森=森羅万象 百に合う=百合   とあります。

 

その意味をどうぞ受け取って頂き、皆様と、更に本年も素敵な美しい百合の花を咲かせたい……

そう願っております。

 

亡き親から頂いた想いを胸に……

                 合掌

2016年12月

12月を迎えました。

この月は私にとっても大変思い出深い月です。 

 

24年前、123日は、美容室ラディアンスがオープンした日です。

サロンオープンの宣伝を全くせず、始めましたが、胸の内は、ドキドキでした。

あれから24年、一日として一人も来客のない日はありませんでした【お陰さまですね

 

けれど、私にとっては、辛い日々の始まりでした。

何故なら結婚と同時にサロンオープンです。夫も同時に建築事務所を立ち上げたので、

結婚生活を落ち着いて迎えた実感は全くなく、ただ、ただ忙しさの中に月日は過ぎていきました。

結婚当初、すでに最愛の父の闘病生活が始まっており、続いて嫁ぎ先の父が倒れ、

更には、私を心から愛し見守ってくれた叔父まで倒れていったのです。

私を守ってくれた3人を順番に見送り、この世でのお別れをしていきました。

 

でも、私の内側にある、生まれる前にプログラムした意識は黙っていなかったようです。

美容室の中での出逢いは、私にとって大切な宇宙になりました。

 

私は、一人一人のお客様と大切に向き合おうときめました。

宇宙は広がり、更にはスピリチュアルな出逢いが沢山準備され、その世界の方々に愛され支えられました。

とくに、12月になると、そのように精神世界に精通した人が現れました。

神様も私を放っておかなかったのでしょう。

 

今では、ラディソンス美容室の延長線上に、【サロンゆりの森】を開く事が出来ました。

私の人生で更に出逢いの場が膨らみました。

 

この舞台は私にとって真に重要なところになったようです。

接客を通じて学ぶ人間関係。本当に幸せです。

何故なら、お客様を越えて友人が沢山出来たのです。志した意識は実りますね。

私は、お客様作りをしたいのではありません。

この人生にどれだけ心を許せる友人を作れるだろう。その事が私にとって最も大切な事なのです。

もちろん元のスタッフも私の大切な友人です。

 

二千年前に、足元から崩れていったイエス・キリストの人間関係。

人類を最高の友として……信頼を導きたかったイエス。唯一の友は、神様だったのです。

時代は成熟していなかった……そんな中だからこそ築き上げようとした、人間関係。

 

いよいよクリスマスがやってきます。大切な尊い月のようです。

私はイエス様が大好きです。人類にとって大切な示唆を向け、愛で刷新した、十字架上のイエス様。

 

私はこの12月に生まれました。生まれる日は自分で選ぶと言われます。

私はこの月に生まれた意味を、この数年間で知ったように思います。

 

皆さんと出逢った事が私の人生での最も大切な事のようです。

 

人生とは、あなたにとって何でしょう? そんな事を少しでも感じてみませんか?

 

一年の終りの12月があなたにとって豊かな月になりますように。

12月も宜しくお願いいたします。          m(__)m

 

2016年11月

晩秋の11月を迎えました。

すっかり寒くなりましたが、お元気でお過ごしですか?

自然界は冬の準備に入っております。

彩られた木々も落葉が始まり、固くなった枝は、静かに休息を迎えます。

 

先日まで鳴いていた鈴虫も、すっかり静かになりました。

又、動物達は、春の日差しを待ちながら、長い冬眠に入ります。

動植物の営みは実にシンプルで、自然の理の中で生き続けます。

 

しかし、この大自然の摂理を狂わせてしまった人間の愚かさも対極に感じてしまうこの頃です。

 

熊や、猪は、山からいでて、人間の居住空間を荒らします。

どんどんと、人間界に入り込む動物達。

しかし、これも全て、私達人類の自然界を侵した、しっぺ返し。

熊や、猪や、タネキが悪いわけではないのです。

生命の尊さを無視した、現在の人間の生活の立ち位置が問題である事は、間違いありません。

 

私達が、何を、どこから始めるかを問われます。

私達人類の生き方のありよう……

 

内側が、整ってこそ、外側の繁栄。

誰かのせいにする必要はなく、自らの一人一人の気付きから。

 

私は、ゆりの森で皆様の心身のサポートをしておりますが、病んだからこそ分かる世界。

それは、大元から狂ってしまった内容を発見します。

 

この世にあって、この世にない。

それは、この世のニーズに流される事なく、自らの意志と、

意識の先に作り上げられる、シンプルな真実の世界。

 

わたしは、今の立ち位置をしっかりみすえて、更に皆様の、サポートが出来たらと考えております。

勇気を持って見直してみましょう。

生活の中での歪み・・・・・・

 

わたしは、息苦しいほど発見しました。

 

食品の狂い。移住空間の狂い。電磁波。マイクロ波。医療の問題。人間関係。

 

これらを、勇気を持ってみきったからこそ、見えてきた世界があります。

 

本来人間は素晴らしい存在だった事に間違いはありません。

ネガティブ意識を作りたいわけではありません。

今ある現実から逃げずに創造していく喜びに立ち返り、歪んだからからこそ、見えてきた美しい世界があります。

 

今月は、新しい年を迎える為の重要な月です。

11月は、そんな月と言われています。

 

肩の力を抜いて、大自然と共に人間の自然の姿にもどりましょう。

今から……     私から……11月も宜しくお願いいたします。    m(__)m

2016年10月

衣替えの季節を迎えました。

学生服も最近では見られなくなりましたが、私の学生時代は、制服が変わることで季節の移り変わりを

実感したものです。

詰め襟に、セーラー服。どちらも考えてみれば、軍服です。過去日本は軍事国家だったからなのでしょうか?

今はなかなか見かけない姿ですが、私にとっては、非常に懐かしく思い出深い制服(学生服)です。

 

こんな想いから季節感を感じてもいた私ですが……何故か衣替えは大好きなのです。

聖書にこんな聖句があります。 【古き衣を脱ぎすてなさい。そうすれば天国に行けるでしょう。】

 

天国に地獄……話は変わりますが、母がよく幼い私に天国と地獄を例えばなしで語ってくれました。

小学校の四年生位の時です。私は「もう漢字の練習は、やだ!」と叫んでいました。

そうしたら母は、「あのね、漢字がわからないと、あの世に行くとき困るんだよ。」と。

「なんで?」と聞くと……「人は、死ぬと間もなく、目の前に標識が出てくるの。でもね、漢字を覚えてないと、その標識は天国行きと地獄行きと2つの漢字が書かれてあるんだけど、読み方が解らなくて、間違って地獄の標識の方に歩いていっちゃうんだよ。だからね、なんでも漢字は覚えておくといいんだよ。」と諭してくれました。

幼い私は、それから一生懸命に漢字の練習をしました。()

 

そんな母の教えから私は漢字の意味を見つめるようになりました。

衣と言う文字のもつ意味。この季節になると身近な人に、お話を致します。

 

「古い衣を脱ぎましょう……」私なりに表現をします。

私の内側にある、持っていてもなんの得にもならない衣()を手放しましょう。

その想いはいつもこの季節に強く現れます。

 

衣へんの上に龍と書いて、襲われる・・・と表現される文字になります。

龍とは神をも意味しますが……。なんと聖書に記されたメッセージには、感動します。

私の勝手なとらえかたなのかもしれませんが……

 

又、余談ですが、一説には、聖書は漢字で記されていたとも聞いた事があります。

 

冒頭で、制服の話もしましたが、……詰め襟とセーラー服が、手放されていく時代。

もしかしたら、日本は軍事国家から、離れ始めているのかもしれません。

とは、いっても今の政治家の方々はどのように見つめているのでしょう?

(これも余談ですが、自衛隊やら憲法9条が騒がれて……)

古い衣を脱ぎ始めて下さっていればよいのですが、……

 

衣とは、なんでしょう?・・・・・・「考え・マインド」

私はそのように見つめながら、この季節

洋服をクリーニングしたり、新しい服を新調するように、心も、楽しく爽やかに生活できるように、

古い衣を、脱いでいこうと思います。

 

皆様も、この衣替えの季節。 身だけではなく、心の衣替えをしませんか?

 

身はサンドバスで、汚れを落としてクリーニング。

心は、過ごしやすい、この季節に心の内観でクリーニング。

 

皆様の心身が、実りの季節を迎えられますように。

 

10月も宜しくお願いいたします。 m(__)m

 

2016年9月

去り行く夏……訪れる秋

茜色の夕日に、鱗雲、すすきに、萩。秋桜は風邪に揺れながら、初秋を彩ります。

……の歌を思わず口ずさんでしまいます。

 

少し前に、友人と私の郷里を訪ねました。

そこには、何も残っていない、住居後には、沢山の雑草と木が生えておりました。

ここに以前私の生家があったのかしら?と思わせられる程の変わりようでした。

しばらく佇む中で……大自然の中で育ててもらった父母への感謝があふれでました。

そして、誰も通らない農道に座りながら、しばらく昔を回想

していました。

……自然にあふれでる涙を感じながら

そこには、不思議な安堵感があり、時空が止まってしまいました。

……やはり、郷里は深い父母の愛があるのですね。

 

そして、9月2日・父の命日。秋風と共に旅立った父を思い出します。

私は季節の変わり目で、1番この季節が、大好きです。季節の変わり目は、人生の節目すら感じてしまうものがあります。

 

誰もが年を重ねていきますが、変わらないのは人の心。

よく「あの人は変わってしまった。」なんて、言葉を聞きますが、本当は人の心は変わらない……。そんな風に思います。

 

人は、環境のせいにしたり、誰か第三者のせいにしたり、見なかったことにしたり、存在そのものを否定したり・・・あえて何かを変えようとするのでしょう。

それは、そうして生きる事が楽になると思わせられた魔法なのかもしれません。

 

でも、どんなに変えようとしても変わらないものは、自らの内側にある、全てを知っている本当の自分。

私の大好きな映画【レミゼラブル】 その映画の主人公ジャンバルジャンのように。

 

私は、久しぶりに郷里の土を踏んで、懐かしさと、自らの純粋意識に出逢ったような氣がします。

そして、冒頭で表現した心の中で口ずさむ昔の歌がありました。

 

~赤トンボ。小さい秋。

どんなに素敵な音楽や歌に出会っても、やはり幼い頃、母と歌った唄は細胞で覚えており特別です。

きっと、こんな小さな自分との出会いから、人生の中で作ってしまった、自らへの嘘は暴かれて、郷里の風にのって歌にのって懐かしい父母の愛にのって

そして、大自然が後押しし、【魔法】が解かれていくのでしょう。

季節の変わり目に想うこのごろ。

 

もう少ししたら、もっと過ごしやすい季節を迎えます。

この季節の変わり目に皆様も、少し自分と向き合ってみませんか?

 

秋風が、魔法を解かしてくれますよ。

 

そして、夏の疲れを取る季節。

ゆりの森で心身の浄化をいたしましょう。

 

                         m(__)m

 

2016年8月

上越市高田公園では、第37回上越蓮まつりが開かれております。

本年も双頭蓮が開花しました。一本の茎から蓮の花が二つ。出現の割合は23万本に一本と言われているそうです。それだけでなく、並てい蓮も咲いたそうです。

一つの花の中に二つの花托をつけている蓮だそうです。

 

東洋一と言われるだけあって、高田公園のお堀の蓮は、数と美しさは圧巻です。

それだけでも凄いのに、この二つの蓮の奇跡的な咲き方は、上越市に何かしら喜びを運んでくれるような予感がします。

 

御釈迦様の蓮座、白衣観音の蓮座。

美と豊穣の女神とされる、(ヒンズー教)ラクシュミも又、蓮座に立っています。

 

花の中でも、霊格が高いと言われる蓮は、人が魂の進化と成長を成したとき

蓮の花になると言われています。

又、蓮の香りは人も動物も全ての生命を癒すとも言われます。

私は、なぜこのように蓮のお話しを綴るかと言いますと先日、高田公園を散歩した折に、朝の風が、夏を感じさせず涼やかな蓮の香りを運んでくれました。

 

私は蓮の香りと一体となり突然癒されました。

私の内側にやって来たのは、今更ながら生かされ育まれているという実感でした。自然の摂理の素晴らしさに感動を覚え暫く蓮の花を見つめながら佇んでしまいました。

私の内側に浮かぶ想いをそのまま感じながら蓮の花と共にそこにいました。

何も着飾ることのない自然界。

人間の内側にある傲りや、憎しみや、いかり、悲しみ、恐れ。

それら全てを包み込む自然界の偉大さを、蓮の花を通じて感じた、ある日の朝の出来事でした。

 

今日は私の心に    蓮の花を飾って祈ります。

 

今日は、私の祖父の命日です。

肉体は亡くなっても、霊()は存在しています。

それぞれの違う次元で様々な形で生き続けています。

蓮の花で、豊かな優しさに導かれ

祖父の存在に感謝を捧げながら、今月の「一人言」の綴りを終えます。

 

どうぞ、お盆の月の8月は、皆様にとって大切なご先祖様への祈りの月になりますように。

 

心に蓮を飾って祈ってみてくださいね。

 

              合掌…m(__)m

2016年7月

夏本番を迎える七月は、七色に輝く虹と紫陽花が美しい季節です。

私の住む高田公園も美しい紫陽花が咲き誇り、蓮の花も咲き始めました。

季節ごとに咲く花のエネルギーは癒しを与えてくれます。

 

先日不思議な体験を致しました。

その日は、身心が疲れはて帰宅しました。

テーブルの上にはピンクの百合が飾ってありました。

私は、心の中で少し疲れた一日だった事を、そのテーブルの上の百合に話しかけました。

私の想いを感じてくれているかのように、風もないのに揺れるのです。

ふっと窓をみると閉まっています。

それと同時に、テーブルの横に置いてある白檀の匂い袋からも、突然優しく香るのです。

私の内側は優しい心に満たされました。

 

全ての存在に意識があるといいますが……

たとえば、確かに、人が住まなくなった家は朽ちるのが早く、人の気のない住宅は寂しさが漂います。

 

氣の世界を、当たり前に思っている事が多い日々に、ふっと氣づかせてくれる、生活の中の痛み。痛みがあるからこそ、謙虚になる氣づき。

先月インドから帰ってきて改めて思いました。

日本人は細やかな氣づきの民族であると。

 

日本人は【愛を持った存在】回りをみれば、色々ありますが、外に出て氣づく愛の世界。

私達は、とかく外に憧れてしまいます。

けれど、今回もインドに行って、本当に日本との違いを感じました。

 

冒頭で、美しい自然をお伝えしましたが、インドから帰ってきたからこそ、日本の美しい自然を更に感じるのでしょう。

又、匂い。

インドはたえず、汚物の匂い。大地はゴミだらけ……

そして、路上で寝ている人、貧困、病気。

しかし、そんな中でも、私が目的地に向かう中で感じた事がありました。

それは、小さい村の、小さい規模の祭りの光景でした。

少し外れた音楽を奏でながら、人々は変なはしゃぎもなく、自然体の中で楽しんでいるように感じたのです。いわゆる、肩に力が入っていない

きっと人々から発している、氣が自然だったのでしょう。

今回のインドは、足元から更に深く内側に感じる想いがありました。

日本は外側の世界では満たされた内容を沢山持っています。

しかし人々から発している氣は、硬直しています。

一概に言えないとしても日本人は緊張感を感じてしまう民族のように感じてしまいました。

しかし本来は素晴らしい意識を持った日本民族。

 

もっと私達一人一人に、良い意味での自信が必要なのでしょう。

比較文化を作ってしまった日本人。ナンバーワンを目指すのではなく、オンリーワン。

疎外感を作り出し、孤独を作りだしたのでしょう。

インドで生涯を終えたマザー・テレサは、日本人に対して語られました。

「先進国の孤独。精神の貧困を見つめてください」・・・と。

 

でも、「日本人は本来どこの国よりも素晴らしい精神性を持ち合わせている」と

世界のエネルギーを感じる方々が、世界中を回っておっしゃったらしいです。

 

私達日本人が持つ精神性。原点回帰なのでしょう。

 

豊かな色合いと書いて【艶】と書きます。

色には沢山の内側を現す心の表現(愛情)

この季節美しい虹をみるように、又、美しく七色の光と氣を発する紫陽花のように、

私達は自らを信頼してまいりましょう。誰よりも自分を信頼出来なければ自信になりません。

そうです。どんな自分でも信じてあげる事なのでしょう。自分を愛せて回りを愛せる。

 

マザー・テレサは言われました。

「愛の反対は、憎しみではありません。愛の反対は、無関心です。」

 

私達は、自らにも人にも無関心でなく、関心を持つ事で愛が生まれるのでしょうね。

 

七界天国とも言われる七月。

共に身心の幸せづくりに励みましょうね。一人一人の内側に天国を。

 

 七月も宜しくお願いいたします。 

 

 

2016年6月

東洋一と言われる、高田公園の蓮の葉が成長しています。

本年は、どんな鮮やかな花をつけてくれるか楽しみです。

 

3年前の6月は、毎日、朝から散歩を楽しみました。

スポーツが苦手な私は、せめてもの体力作りと思って始めたのですが、最も重要な理由は、インドに向かう為に体力が必要だったのです。

 

実は、この6月5日から、5回目のインドに出発です。

インドは、私にとって苦手な国なのですが…

何故だか人生で、こんなにご縁があるとは驚きです。

けれど・・・治安、気候、食事、衛生面、あまりにも日本と違いすぎ、本当に困ってしまう事ばかりです。

一番は私の体力のない事が辛いです。

いずれにせよ、インドに向かう事は、私が決めた事です。

どんな理由があるにせよ楽しんで参ります。

 

環境を変えて自分を見直す事。立場を変えて自らを見つめる力。

たった一度の人生に対して責任を持つのは私自身です。

私の尊敬するマザーテレサは、人生の全てをインドで過ごしたようなものです。

 

何故インドなのか?

そして、仏陀は何故インドで、お生まれになったのか?

その答えは私のの4回目のインドで、わかり始めました。

 

今回は、「だから…インドなのです。」と…答えられそうです。

 

18歳の頃…私は蓮座にお座りになる、お釈迦様に憧れました。

今、私は高田公園の蓮に囲まれた生活をしています。

これは偶然でしょうか?

人生の中で、細やかな出逢いに、シンクロに、感動を覚える日々です。

 

泥沼でないと美しく咲かない、蓮の花。

人生も苦があって悟ると言われます。

 

この、一人言を綴りながら、あれだけインド行きにどこかで抵抗していた私が、

何故だか深いところで、感謝と祈りを捧げています。?!

 

「悟り」とは、…「差取り」全ての分離意識の差を取ること。

全ては、時にかなって美しく、全ては、不完全の中での完全。

宇宙は常に今。過去もなく未來もない。

全ては、今…

そして、人類は進化ではなく成長。

悟りとは?と簡単に表現してみたら、このような言葉が浮かびます。

13年前は理論で見いだそうとしていた私ですが、今は…嬉しいくらい、腹に落ちてきています。

人は変わらないですが、変容はしますね。本当に今更ながら驚きます。

 

初めてインドに出向いた13年前。

その時と、今の私の内側は、まったく変化した事を感じます。

 

皆さん、今回も目覚めて参りますね。()

蓮座に微笑む自らをイメージして。そう思ったら楽しいですね。

帰国して、皆様と、お逢い出来る事を楽しみにしております。

 

6月も宜しくお願いいたします。              ナマステ(^-^)m(__)m

2016年5月

爽やかな五月を迎えました。花々が美しく新緑の眩しい季節です。

季節の移り変わりの早さに今更ながら驚きを感じます。

 

四月の中旬に大阪に行って参りました。

昨年の11月に東久邇宮文化褒章の受賞に引き続き、東久邇宮記念賞を賜り、その式典に参加するためです。

 

行きは、本当に大変でした。

数日前に、熊本の震災があり、出発当日は大変な暴風に見舞われ、乗る予定の新幹線は止まり、高速道路は一部通行止めとなり、結局、車で大阪まで向かったのですが、慣れない長距離の道を、強風にハンドルを取られながら、女性3人で代わる代わる運転して下さり、大阪に着いたのは夜遅くでした。

又、ある方は、別のルートで電車を乗り継ぎ、何時間もかけて会場に駆け付けて下さり、同伴して下さった皆さんには、本当に感謝でした。

その日はウィークデー。皆さん長年のお客様ですが、仕事を休み、自腹で、授賞式と祝賀会に参加してくださり、本当にかけがえのない友人であり、利害を超えたお付き合いだと痛感いたしました。

 

本当に大変な一日であったからこそ、こんな風に感じられたのでしょう。

当たり前の事が当たり前でないと思えた氣づきに、とても嬉しくなりました。

 

帰りは、道中の風景を楽しみながら、芽生えていく緑に新鮮な内なる喜びを感じ涙が溢れて止まらず、私にとっては、東久邇宮記念賞を頂く喜びと共に、尊い氣づきを与えられた記念の日となりました。

 

豊かさとは何でしょうか?

 

色々あると思いますが、私にとっての豊かさは「友」だと答えます。

親子も夫婦も恋人も全ての人との関係性は、友人関係であると感じます。

困ったときに力になってくれたり、共に喜んでくれる存在は、突然現れるわけではありません。

私は長年、お客様との関係の先に友人関係を育みたいと思って、これまで歩んできました。

利害を超えた人間関係を築くことで、人生も潤います。

 

ともすれば、近くなればなる程に見えなくなってしまうのが、心の世界。

相手を敬う、尊ぶ心が失せ、相手の心に土足で入り込んでしまう。

そんな人間関係を見つめ直すには、他人でもなく、親族でもなく、友人関係のような距離感を保つ事で整えられるように感じます。

 

五月は、緑が美しく萌える季節。緑色は調和の色に象徴されます。

この季節、人間関係を足元から見直してみませんか?

 

五月晴れ

爽やかな風があなたの心に行き渡るかもしれません。

 

 

どうぞ五月も宜しくお願いします。

2016年4月

久し振りに 郷里を訪ねて~

 

私の生まれ育ったところは人里離れた山の奥の奥です。

山紫水明ですが……まったく何もありません。

過疎化が進み、人に出会う事もありません。

人の気配がほぼ無くなった田舎に少しの寂しさを感じながら、暫く山歩きをしました。

しかし

余りにも懐かしくて足を止めると、暫く時間が止まったような感覚になったのです。

 

雪解けの水の音

   鳥の声

   小川のせせらぎ

    風の音

 

幼い頃、大きく見えた田んぼが小さく見えて、小さく感じた杉の木が大きくなりました。

幼い頃の想い出が走馬灯のように蘇り涙が溢れました。

 

ふるさと      本当によいものです。

 

春の自然界は新しい生命を生み出します。そして命の大切さを感じます。

蕗の薹・つくし・スミレ  木々の芽吹きと共に春を満喫しながら

スミレかタンポポのようだった小さい頃(保育園の頃)の私を思い出しました。

懐かしい父母との想い出。そして兄弟とケンカしたり仲良く遊んだり沢山の想い出。

その想い出と共に当時の心情も深くよみがえりました。

【ふるさと】は家族の、そして父母の愛の証がありますね。

この大地が私を育て、この空が私を見守ってくれました

 

この4月大自然と両親に感謝しながら新しい出発です。 私も、ゆりの森も。

 

10年を迎えた【ゆりの森】

新年度共にスタートです。

 

【ゆりの森】を、10年愛してくださりありがとうございます。

514()午後6時、【ゆりの森・10周年パーティ】を準備しております。

どうぞ皆様ご参加ください。そして共に祝ってください。

 

そして皆様のご両親から頂いた大切な心身、これからもしっかりサポートさせて頂きます。

 

「私たちの第二のふるさとが【ゆりの森】」と言って頂けるよう、スタッフと共に、励んで参ります。

 

どうぞ宜しくお願いいたします。     m(__)m

2016年3月

   【弥生・三月】

 

受験・卒業・転勤・転職・引っ越し・入学準備。

三月は、大変忙しい月です。

三という数字には【三人よれば文殊の知恵・石の上にも三年・三年一昔・三日坊主・三羽烏・三度の飯・三三九度・三途の川・三拍子】まだまだこのように三が現された言葉が沢山あります。

 

三月は、一年を通じても、人の生涯を通じても、何か大きな変わり目の月のように感じます。

私の人生を振り返ると、その都度に変わり目があった事に氣づきます。

この、一人言を読んで下さっているかたも、ご自分の人生を少し振り返ってみてください。少なからず人生の変わり目であり、氣づきの月であり、そして一年の躍動を始める時なのだと感じられると思います。

凍てついた冬を越えて春。死から蘇生のように、硬い枯れ枝のようなところから、新しい芽が吹きます。

そして、しっかりと天から降り注がれる日の光を受け止め、三月を越えて、大地に根をはる、四月を迎えます。

 

なんて春は素晴らしい季節なのでしょう。

私は数字に少し興味を持っておりますが、数字には全て霊(意識)が宿ると言われます。

例えば、三は天数(父を現します)。四は大地の数(母を現します)

 

父なる数字と母なる数字を足すと(3+4)七数になります。

七日という一週間を現し、虹色の七色、ラッキーセブンが表現されます。

三数と四数は、とても意味があるのです。

このように、改めて一年の出発の大切な季節に感じます。

 

三月を、どんな風に歩むかを意識し、四月の新年度の準備を致しましょう。

そして皆様と楽しむ月に致しましょう。

先ずは心身のケアにお越しくださいね。

 

今月も宜しくお願いいたします。   m(__)m

 

2016年2月

節分を迎え、そして立春、いよいよ桃の節句ももうじきですね。

まだまだ寒い日が続いておりますが、暦の上で春の喜びを感じるこの頃です。

 

日本は四季がハッキリしています。

季節感を感じる喜びとして月ごとの行事や、年中行事があります。

特に、桃の節句・お雛祭りは、日本の女性にとって楽しみな行事でもあるようです。

最近では、様々な材料を使っての手作りお雛様が流行っています。

絵に書いたり、粘土で作ったり、色紙を使ったり、貝殻を使ったり、アイデアを楽しむ、ひな祭り。

高価な雛人形から随分と変化した雛人形。

時代の移り変わりの影響も受けているのでしょう。

 

平安時代から伝わる雛祭り。

この雛祭りは、お内裏様と呼ぶように、宮中のお姿を仮に人形に写して敬うもの。昔は雛人形で遊びながらお飾りの、お膳の上のお椀やお箸やお茶碗で、自然と使い方を学びました。

雛壇は、様々な立場から、各位というものは何かを象徴的に壇で教えています。

又、雛祭りは、楽しみながら、女の子に必要な躾を学んだようです。

 

桃の節句は邪気払いとも言われ、桃の木には邪気を払う力があります。

健やかに育ってほしい、親の願いと祈りを込めて行われてきた日本文化になくてはならない年中行事のひとつでした。

 

季節の変わり目と喜びを教えてくれる雛祭り。

失われていく日本文化を雛祭りを通じて感じてみませんか?

 

実は本来、桃の節句は、女性の優しさ、たおやかさ、豊かさ、美しさを導き出す行事のようです。

 

女性の優しさは平和を作り出します。女性性に宿る母性から

 

   雛祭りの女子会。

 

    雛祭りパーテイ。

 

楽しみながら、雛祭りで女性を感じてみてください。

 

2月も宜しくお願いいたします。

2016年1月

新年明けましておめでとうございます。

 

新しい年の幕開けは、お天気に恵まれ、日照時間の少ない雪国には珍しい年明けとなりました。

お正月はどのように過ごされましたか?

  本年は申年(丙申)ですね。申は熱いエネルギーのある存在ですが、本年はどんな年か簡単にお伝えいたします。

丙申年は、陽気が一段と強くなり発展していく事を意味しています。

そして、丙申の申は、人偏をつけた「伸」と同じで伸びるという意味になります。新しい力の伸展や挑戦を表しております。

以下は私なりの解釈ですが参考にしてみてください。人偏の他に、神の文字にも「申」があります。神の偏は「示す偏」です。皆様は初詣に行かれたと思いますが、何を神様の前に示し祈るのか?そんな事も照らし合わせたら、何を伸ばす事が出来るのか、人の力だけでなく、神の力に委ねも必要と感じるのではないでしょうか。そして…()をみると有頂天になるのは禁物です。

丙申は、「陽の火」「陽の金」で相剋の関係になり不調和な状況が生まれることを示唆しています。紛争や自然災害など不調和な状況が増えそうです。 

 

  ゆりの森では、年に一回から二回、風水の先生をお呼びします。

私自身も鑑定をして頂き、良き方向づけを頂きます。

欠けている部分があったらそこを伸ばし又、沢山の学びを頂きます。

今回も2016年に相応しいアドバイスを頂きましたが、私達人類、万物世界は宇宙の法則と共に生きています。私は風水、氣学などは宇宙学だと感じます。大自然の歩みは宇宙の歩みとリンクしながら、そこに万物界の霊長といわれる人類。そこにこそ、地球の命運を導き出す答えがあると思っています。

 

その答えは最もシンプルな「生き方」なのかもしれません。

人間にだけ示す事が出来る「生き方」

全てに影響力をもたらす人間の歩み。そして意識。想念。

 

本年の命運を平面的な言葉、善し悪しで表すなら、やはりシンブルに「生き方」なのだと思います。

 

 

宇宙の法則

【やったことが返ってくるだけ。】

 

本年は、特に多くの方々と人生を立体的に見詰める力を育てられたらと思っています。全てを楽しめるよう、心身含めて、皆様に良きアドバイスが出来るよう歩んで参りたいと思います。

 

本年もどうぞ宜しくお願いいたします。

 

            合掌m(__)m

2015年12月

   華やぎの季節がやって参りました。

そして、天からは白い妖精が舞い降りてきます。

 一年は早いですね。新しい年を迎える前の大切な月です。

 

この12月が私の誕生月でもあるせいか、とても想い入れがあります。

又、全世界で偲ばれるイエス・キリストの降誕を祝う日としてクリスマスがあります。

私はクリスチャンではありませんが、イエス・キリストとの関係性を感じる不思議な体験が

今迄の人生の中で幾度もありました。

 

一つご紹介しますと、それは19年位前に遡ります。

人生の中で大きなターニングポイントの時でした。

苦しみの中にいた私が、インドネシアの古都ジョグジャカルタから一時間の世界遺産のボロブドゥール遺跡を訪ねた時でした。

そこは89世紀に作られた世界三大仏教遺跡でもあり、お釈迦様の生涯のレリーフが刻まれています。その石に刻まれている御釈迦様の生涯を観ながらボロブドゥール遺跡を上りきった後、同行の群れから外れ、一人で丘を降りてきた時の事です。

貧困の地でもあり、現地の人々が沢山の土産物を路肩で販売していました。

大体が灰色の仏像ばかりでした。しかしふとみると綺麗な色彩のイエス様が私の目に飛び込んできました。「なんでヒンズー教の地に、イエス?」私は不思議でした。

そして氣がつけばイエス様の像を手に取っていました。

810歳位の男の子に「How much?」と尋ねましたが、英語は通じず、手から放そうとすると、その子は受け取ろうとせず、像を私に押し戻すのです。

買ってほしいのだと思い現地のお金を適当に出すと、そのお金を返されてしまいました。

暫くイエス像のやり取りが行われ、私は断念して頂きました。

そのイエス像を持ちながら、不思議な感覚で、又一人で歩いていました。

間もなく主人が私に追い付き、「そのイエス像どうしたの?」 私は頂いたと答えました。

主人は「こんな貧困の地で、くれるわけがないから一緒に返しにいこう」と言われ、来た道を戻りました。すると、そこには先ほどの男の子の隣にお母さんもいました。

私はその時、やはり主人の言うように、傍らにお母さんが居なかったから、男の子の勝手な行動だったのだと思い、お母さんに返しました。

するとお母さんはイエス像を受けとるやいなや、現地の新聞紙に包んで、又、私の手に戻されたのです。キョトンとしている私に、持って帰りなさいと言わんばかりに素敵な笑みを浮かべて、さよなら、の手を振ってくれました。涙が止めどなくながれ、その場を跡にしました。

 

あの時の不思議な体験も忘れられませんが、あの可愛い男の子とお母さんの綺麗な目を忘れる事が出来ません。

私は、この体験から不思議な程に生きる勇気が与えられました。

 

12 …  私はイエス様を偲べる大切な月だと思って過ごします。

2000年前に 十字架で亡くなられたイエス・キリスト。

現代に生きる私達に沢山のメッセージを残しました。

 

クリスマスはプレゼント交換やケーキを頂く事も楽しいし嬉しいですが、イエス・キリストを想う日としても大切な一日として見詰めてみてはいかがでしょう。

 

イエスが願った愛の世界を…          ~祈り~

 

 2015年 11月

 1月3日(文化の日)。東久邇宮文化褒賞を受賞致しました。
秋日和に恵まれた、東京の京王プラザホテルにて式典が開かれました。高松宮賞、秩父宮賞と共に三大宮賞と親しまれている「東久邇宮文化褒賞」。この賞を賜った事で私の人生の大きな機転になったように思います。

振り返れば、25歳の時の大病によって人生を見つめる意識が変わっていきました。
何の為に生き、どこへいこうとしているのか? そんな人生の迷いから迷宮へ入っていく期間が続きました。

  もともと美容師だった私でしたが、現在は皆様の健康相談やら、人生の様々なシーンで迷っていらっしゃる方々にカウンセリングもさせて頂いております。
そのような歩みが出来るのは、やはり、私自身が健康を害し、精神の苦しみがあったからこそ自分自身と向き合い、その痛みが、私自身を育てたのだと思います。
人生の中で不幸と思われる事が、実は大きな人生の転換期の発見の時なのかもしれません。「ピンチがチャンス」

私の回りには人生を共に生きる友達が沢山集っております。私は以前から、サロンで出逢った方々を、お客様ではなく、「お友達」としてお付き合いをしていきたいと思ってきました。小さいお子様であろうと、お年を召された方であろうと。その思いは、前身のラディアンス美容室の開設の時から一貫して変わっておりません。 
私の人生に関わった方々は全てご縁。私自身を育てる、大切な大切な天からの贈りもの。

人生は全て人間関係だと思います。悩みも苦も喜びも人間関係から始まります。
どのような人間関係を築くかは、自分次第。

私は、このサロンを窓口に、少しでも皆様の人生が豊かな人生として彩られていく創造のお手伝いが出来たらと心から願っております。
今回の受賞を通じて、今迄の様々な歩みを評価頂いたと本当に嬉しく思っておりますが、ただそこには今迄ご縁を頂いた皆様との出逢いがあってこその受賞です。

私と出逢って下さった全ての皆様に心からの感謝を、この場をお借りしてお礼を申し上げます。

【本当にありがとうございました。これからもどうぞ宜しくお願いいたします。】
                                   小熊久美子

2015年 10月

秋桜が美しく日差しを浴びてうららかな秋晴れを演出する季節。

私はこの季節が大好きです。

そして私の人生に大切な氣づきを与えてくれた季節でもあります。

 

その象徴として秋桜の花が私の人生の支えになりました。

根をしっかり張りながら晩秋に向けて雨・風に負けず美しく咲いています。

茎は細く、葉っぱは繊細にも関わらず本当に見るものを魅了してくれる花ですね。

そして可憐で有りながら一生懸命咲く秋桜は心の支えにもなりました。

 

「サロンゆりの森」の土台となった「美容室ラディアンス」。

ラディアンスは秋桜の品種。更に【輝き】と言う意味を持ちます。

 

自らも輝き、多くの人達と輝きたい。

そんな想いを込めて命名しました。

現在は「サロンゆりの森」内に「美容室ラディアンス」があります。

今では東北・関西からも美容室に訪ねてくださいます。

更に多くの方々との交流を繋いでくれる場です。

 

私の人生の土台を作ってくれた大切なお花。大切な美容室。

そして次のステップに繋がって「サロンゆりの森」

「サロンゆりの森」は来年の4月で丸10年です。

ゆりの花との出逢いの意識は、また私にとって本当に尊い出逢いです。

 

来年の4月あたりに10周年のパーティーを開催しようと思います。

その時に、大切なゆりの花との出逢いをお話し出来たらと思います。

この「一人言」を読んで下さっている方、是非ご参加くださいね。

 

そして

10月は衣替えの季節であり「神無月」でもあります。神様が出雲に集結して会議を開きますが、私達も、古い衣を脱ぎ捨てて新しい衣に着替えましょう。

聖書にもある聖句  「古い衣を脱ぎなさい、そうすれば天国に入れます。」

そんな言葉を思いだし

こだわり・囚われをぬぎされるよう(*´∀`)♪

サンドバスで温まり様々なメニューで癒されてください。

 

楽しいスタッフがお待ちしています。

10月も宜しくお願いいたします。     (^-^)m(__)m

2015年 9月

暑かった夏とも、いよいよお別れですね。
蜩が鳴き始めて… そして鈴虫の声… 丁子色に染まるススキの穂。
そして秋の収穫の時迎えます。

夏から秋へと~ 季節の変わり目は体調の管理が必要です。
アクティブな夏は何かと体に無理がかかったのではないでしょうか?
いかがですか?

私は最近、腸内フローラに興味を持っています。
とは言っても大病した時から腸の大切さを実感させられています。

「腸内フローラ」はNHKスペシャルで話題沸騰!
 最近では、書店でも「腸内フローラ」に関しての書籍が沢山出ています。

腸内フローラとは、腸内細菌の生態系のこと。
フローラは「お花畑」を意味し、お花畑に様々なお花が咲いているように、腸内細菌が生息しているイメージです。
腸内細菌は約1~1.5㎏。どんな細菌がどれくらい生息しているか、その生態バランスは人によって異なります。

どうやら、病気になるのも、太っているのも、性格も、脳の働きも、実は腸が原因なようです。
1000種類の100兆個に及ぶ腸内細菌が、その鍵を握っているようです。
腸内細菌のバランスがいかに大切か、腸の事を知れば知るほど素晴らしく神秘の世界です。
幸せになる為には腸が要と言っても過言ではないようです。
【幸せ物質】であるドーパミン・セロトニンという脳内伝達物質の前駆体を脳に送っているのは乳酸菌のようです。
そして過度のストレスで腸内細菌のバランスを乱し、それによって「幸せ物質」がうまく合成出来なくなってしまうようです。
たとえば「うつ」の人は腸を綺麗にする事が重要とも言われます。

こんな事から【脳】の健康は(腸)の健康、(腸)の健康は【脳】の健康と感じます。

一日何食食べますか? 食べた分だけの便通がありますか?
たとえば…三食ならバナナ3本の排便といわれます。
お通じが悪い方は、ご相談くださいね。

この九月、皆様が初秋を楽しめるようサポート致します。
皆様が爽やかな九月を過ごせますように… m(__)m

2015年 8月

 先日、遠方から来られたお客様が、高田公園の蓮の花を観賞し驚いておられました。「ここまで沢山の蓮の花は圧巻ですね!」と。東京・金沢・長野・神奈川・茨城・岩手から来られた方々が口々に語られました。

 

白蓮・紅蓮  高田公園の蓮の花は世界でも有名な咲き方らしいですね。

この二つの色合いが珍しく白と紅のコントラストと16ヘクタールまで広がる、美しい蓮の素晴らしさは東洋一と言われています。

満開の時期を終えても次から次へと花をつけ、一花の寿命は四日です。

 

決して綺麗な水からは咲かず、泥水の中から咲き誇る蓮の花は、人間の人生を示唆しているようですね。

お盆のお花。お釈迦様の美しい蓮座がイメージされます。

そして蓮の花は非常に霊格が高いと言われています。

心を浄化してくれる蓮の香りは、10キロから15キロも香りが漂うと聞いた事があります。

お盆のこの季節は、誰もがご先祖様に手を合わせ感謝の想いを伝えながら偲びます。

受け継がれていく生命の営みを感じながら、改めてルーツに感謝したい季節ですね。

 

この蓮の花も先人の知恵。

明治初期飢餓で苦しむこの地の人々を救う為に、保坂貞吉さんという方が蓮根の栽培を始めました。そのお陰で、現在は食する為の蓮根でなく私達は美しい蓮を愛でる事が出来るのです。

感謝ですね。

 

蓮の花言葉は〔神聖・沈着・休養〕です。

 

蓮の季節もわずかです。どうぞこの私の一人言を一読された方は高田公園の蓮の花を散歩でもしながら風情を楽しんでみてください。そして御自身と向き合う時間として設けられたらいいですね。きっと日々の喧騒から解き放たれ素敵な自分と出逢うでしょう。

私は早朝散歩しながら蓮に沢山の英気を頂いております。

  

今日も蓮のエネルギーを頂きました。 

         

まだまだ暑い日が続きます。

どうぞご自愛され残された夏を楽しんでくださいね。        m(__)m

2015年 7月

美しい紫陽花の季節を迎え高田公園の蓮も咲き始めました。

 

私は朝の散歩で、移りゆく季節を味わいながら植物の優しいエネルギーを感じて爽やかな一日の出発をしています。

 

自然と向き合う事で失われた意識を取り戻す術を発見します。

各々の植物の調和のエネルギーは本当に素晴らしいですね。

 

紫陽花は様々な色合いを映し出し人の心の有り様を示すかのように、その時々の花弁の色合いに惹かれます。

たとえば今日の私は白い花弁。「純粋無垢」でありたいのですね。

昨日の私の惹かれた花弁はうすい色合いのピンク色。

「優しさ」生活の中で優しくありたいのですね。

一昨日の私は紫色にヒットし霊性()を清めたいのですね。

 

紫陽花の花言葉は【移り気】と現されていますが、私の捉え方は、その時々の感じた私の心を見詰める、梅雨の季節をサポートしてくれる花なのです。

梅雨の季節は盛夏を迎える前の植物達が雨で英気を養う季節です。

高温多湿のこの季節は、私達人間にとってうっかりすると心身の不調も招きかねません。

けれど植物達は、自然の摂理に準じて生きるために、人間の内在されたセンサーを立ち上げなさいと教えてくれています。

季節を味わって楽しい日々を送りましょうね。

 

来月は優しくピンク色に咲く蓮のお話を致しましょう。

 

ちなみに

 

サロンゆりの森の【サンドバス】のエネルギーの周波数は植物の精妙な波動と同じです。

ですから子供から、お年寄りまで大丈夫なのです。

 

優しいエネルギーに包まれにいらしてくださいね。

2015年 6月

六月を迎えましたね。

お元気でいらっしゃいますか?

 

梅雨の時期を迎えます。夏の日照りに備えての自然界の摂理ですね。

紫陽花の美しさにも魅了される時期です。

環境に振り回されることなく楽しんで梅雨の季節を越えて参りましょう。

 

今、世界的にも日本においても、火山の噴火や地震で、何か変動の時のように感じます。

 気象は=気性というように、私達の人類意識の反映と考えたら本当に一人一人の意識の変容が大切ですね。

 

因果応報 

そんな言葉があるように、私達の身の回りで起こる全ては原点回帰に目覚めさせてくれる出来事として受け取っていけたらと思っています。

 

人間は素晴らしい能力を備えておりますが、梅雨の季節に咲く、あの紫陽花。  いくら素晴らしい能力があっても、この紫陽花という生命を作り出す事は出来ません。

私たち人間は、人知は不完全である事を知ってこそ、人智を越えた領域に扉を開く事が出来るのでしょう。

不可能を可能にする力があるとするなら、美しい紫陽花も創造出来る素晴らしい人類だったのかもしれません。

 

美しい自然界を楽しみながら、様々な出来事があるからこそ、イマジネーションの世界を最大限に活用しながら六月も楽しんでまいりましょう。

 

心身のケアも忘れずに、癒しの空間「ゆりの森」でお待ちしております。

2015年5月

妙高山の残雪も少なくなり、跳ね馬も飛び立ったかのように姿が見えなくなってきています。

 

 やっと暖かくなって参りました。年間を通じて日照時間が少ない雪国にとってこの季節が天国のように感じます。自然と一体になる事も大切な健康管理なのかもしれません。太陽の暖かさをを肌で感じ、新緑と色とりどりに咲く花の美しさの中で過ごすと、心身が蘇ってきます。心の声に従って感じてみてください。

そういえば、この時期は五月病にかかりやすいといわれていますが、この季節はやはり心身の調整を計る大切な時期なのかもしれません。

 

 ゆりの森では、「ゴッドクリーナー」というデドックスマシーンが入りました。

沢山の方々が体験されています。足は第二の心臓ともいわれて各臓器の反射区があります。 身体に溜まった汚れを足からバキューム。サンドバスで代謝を上げてから体験されると、信じられないくらいに汚れが出てきます。

 

国立予防衛生研究所の実験リポートによると、便秘で三日溜まった人間の便を液体化してネズミに注射すると、ネズミは不調になり、四日以上たって出た便は猛毒の状態で、微量の液でネズミは即死したという報告です。

 

この結果でお分かりのように、溜めるのではなく排出しなければ大変です。

様々な臓器にも負荷がかかるのも当然でしょう。

 

 私達の大腸は便を排出したりする大切な臓器ですが、それだけでなく様々な酵素を造り、ホルモンを造り、カルシウムなども製造する…長さでいうと6~7メートルもある巨大な臓器。この腸を美しくすると何だか気持ちもよくなります。

そう!  何よりも頭がスッキリするようです。

私は、超能力が目覚めるように感じます。()

実は【超能力→腸脳力】ではないかと思います。第二の脳と言われている腸は脳と繋がり、働いてくれているのだと思います。腸がスッキリすると大切なパーソナルコンピューター()が気持ちよく作動するのでしょう。

 

何だか、大脳の形と腸の形、似ていませんか? (^-^)

 

又、沈黙の臓器といわれる、膵臓・肝臓。そして腎臓。

春は、冬の間溜まってしまった体内の毒を一生懸命排出しながら、各々の臓器と連動し、働いてくれている、この{臓器さん達}に、少し心を向けて上げて下さい。

 

爽やかに過ごしたい季節です。 ゆりの森で、爽やかな心身を手に入れてください。

5月も優しいスタッフと共にお待ちしています。

   ♪~♪~♪m(__)m

2015年4月

かぐわしい香りの花便り~春を満喫し桜を愛でる季節がやって参りました。

   昔の人々は桜の木には「サ神」という山の神様が宿ると信じていたそうです。一年の豊作を桜の木の下でお酒を供えて祈り、そのお酒を頂いた風習から、お花見がはじまったとか。

 

平安時代の貴族の優雅な遊びとして広まった花見は江戸時代から庶民の楽しみとして広がりをみせたようです。

  

  日本の国花といわれている桜。

桜全線がゆっくり北上しながら春の来たことをしっかり伝えてくれます。

 

桜の季節になると自然界の素晴らしさをつくづく感じます。

 

共に咲き共に散るといわれる桜は日本人の武士道を現すともいわれてきましたが、その時代のいさぎよさ…なのでしょうか。

しかし現代に生きる日本人は、その時代の意識背景とは変わってきています。今必要とされている日本人への意識は共存共栄なのかもしれません。

   今の日本全体の課題。少子化・老人介護・病気の看護・経済・政治。

それぞれの心の窓で感じる今の日本の情勢。

 

 

 桜の花が、何だか私達の生き方を示唆しているように思います。…美しく咲く桜のように共に生き共に咲き誇るそんな人生を楽しみたいですね。

 

 花冷えの季節です。お体をご自愛しながら桜を愛で楽しんでください。

 

  4月も宜しくお願いいたします。

         m(__)m

2015年3月

春の喜びを感じる季節がやって参りました。

猫柳・山桜・カタクリ・ふきのとう・つくし。

大自然の恵みに心から感謝する季節です。

 

幼い頃は雪解けの土から覗くふきのとうを採るのが喜びでした。

そして母から作ってもらう山菜料理が懐かしいです。

 

私はつくづく森の山の恵みの中で自然と共に幸せに暮らし生きてきたのだと今更ながら実感致します。

 

たまに都会に出ると私の心が萎縮するのを感じます。

自然と隔離されたストレスの多い都会の中で生きている人々は、その環境が当たり前になってしまっているのかもしれません。

太古の昔は、森や山や海やその自然界の中で共に幸せに生きていた人間。

けれど生活するために大量の樹木を伐採し動物や植物と共存する優しい心を忘れてしまったのです。

大自然の中で生きていた人間は、自らの手で自然の森を消失させ、自然を尊ぶ心を失くし、お金が全ての社会に変化させ、物の豊かさより、心の豊かさが大切なことを忘れてしまいました。

心の歪み、体の歪みは、私達人間が作ってしまいました。

どこから立て直したら良いのだろうと思います。

私はいつもこの季節がやってくると思います。

春の喜びを感じながら、芽吹きの勢いに負けないように自然と調和出来る心身を育てていきたいと思います。

 

春はデトックスが必要な季節です。冬の固まった体を楽にして心身の汚れを洗い流しましょう。

この季節は特に、ゆりの森をご利用くださいね。

 

楽しいスタッフと共にお待ちしております。 (^-^)(^-^)v♪

2015年2月

立春を迎えました。
待ち遠しい春がやってまいりますね。

雪国にとってどれ程待ち遠しいことでしょう。
とは言え、3月迄は雪に対してまだまだ油断が出来ません。

先日、仕事を終えて帰宅しましたら玄関が雪の山でした。
直ぐに消雪パイプのスイッチを押して水を出しましたが中々消えませんでした。
仕事を終えての雪かきは、大変ですね。
又、朝起きた時に雪の山は本当に喜べません。喜ぶのは子供くらいです。
大人の事情がわからない、幼い頃の私もそうでした。
雪は春の田畑を潤し私達の生活に必要な水を供給して頂く天からの尊い恵みです。
田舎で育った私は雪どけの水の流れる音を聞くのが大好きでした。
雪があるからこそ春の喜びを感じるのもひとしおです。

冒頭で、私の自宅の庭の雪の山のお話をしましたが、実は次の日、私はいつもより
早い目覚めをしました。朝の雪かきをしなければと思ったのです。
沢山積もったかしら?
そう思って庭をみたら…
雪かきの跡があります。きれいに除雪されていました。びっくり!
なんと、近所の方が雪かきをしてくださっていたのです。感動と感謝でした。
また義理の母の話によると、ディサービスから帰ってくると車庫の前の雪かき、
又、玄関に車椅子が入れるように雪かきがしてあったりするのですが、
それは向かいのお宅の方と、後ろのアパートの見ず知らずのおじさんが雪かきを
してくださっていたそうです。…
本当に有り難い事です。我が家は足の不自由な姑さんと私。主人は今、東京です。
冬の雪かきは主人がいないときなどは大変です。

私は本当に嬉しくて、春は暦の上だけと思いながらも、この御近所さんの優しさ
に春のような喜びを感じました。

支えあう喜び、人の温かさ、困った時こそ実感します。
いつもこのような足元の感謝に触れられる心でいたいと思いました。

誰かに贈る優しさや労りは誰にでもあるはず。

穏やかな優しい春の喜びを感じられるように人生を
過ごしたいものですね。
                                       m(__)m

2015年1月

新年明けましておめでとうございます。

 どんなお正月を過ごされましたか?

 【幸せに過ごせますように…】と誰もが願うお正月。

私も初詣をすませて本年の想いを心で語り、願って参りました。

 

 ~祈り~

ご存知ですか?

 

祈りとは「意乗り」である事。

「意」を「乗せる」と言う意味が「祈り」

私の“意”を“乗”せる。

 

明確に意を表す事が、祈り=意乗り

「具体的な祈り」

日本語の素晴らしさ、明確さが一つ一つの言葉に表されて

感動を致します。

 

まだ、「祈り」をしていない方がいらっしゃいましたら、

近くの神社・仏閣、ご自宅の神棚、あるいは仏壇に手を合わせて

祈ってみてください。

手を合わせる習慣が希薄になった昨今。せめて一年に一度位は手を

合わせたいものですね。

その手の現れが感謝を表す何よりもの礼節なのかもしれません。

その誠実な思いが天に届くのでしょう…。

祈りは「意乗り」が明確であればあるほど叶うと言われております。

どうぞよかったらそのように祈ってみてくださいね。

 

 本年も皆様の心身の健康とご多幸を意乗ります。

 幸せの花咲く年になりますように。

            

 

                   祈り(合掌)

2014年12月

~聖なる月~

世界で大きなイベントといえばクリスマス。

イエス・キリストの誕生日です。

クリスチャンではない人々も、この日ばかりは大いにはしゃぎ楽しみます。

 2001年の6月、私はイタリアのアッシジに旅行をしました。

丘に登る道がななめについており、フランシスコ大聖堂の下に延びています。

それから、大聖堂前の広場へ出て道はかなり急でした。対面にクララ大聖堂が建っています。

アッシジは日本でいうなら門前町のようです。特にヨーロッパ、そして世界全土から信徒たちが巡礼に来るところです。

可愛いお土産屋さんが立ち並んだ小さい小高い丘の静かな町は、12世紀に

タイムスリップしたようにさえ感じました。

ウンブリア平原を見渡しながら、生涯をイエスと神に使えた修道士・修道女の

終の住みかとして素晴らしい祝福を得た美しい地に、思いを馳せました。

燕が飛び交い、朝も夕方もコバルトブルーの美しい空。

私はクリスマスになるとアッシジのフランチェスコとクララを思い出します。

裕福な商人の子として生まれたフランチェスコ。貴族の娘として生まれた

クララ。二人は若くして修道者の道を選択します。

そして貧しい居頓生活の中で生涯を終えていきます。

 

私は25才の時に不思議な体験をしました。夢か正夢か…幻か…現実か。

それは、私が今までの人生の中で一番苦しんだ時期でした。

朝方の蒼い時に…体験が起こりました。

眼前に広がるコバルトブルーの空は、懐かしく、切なく…。

そして心の底から、震え上がるほど優しい声は天と地から聞こえてきました。

 

「もう泣くのはお止め…あなたが泣く前からわたしも泣いていた、

そしてあなたが苦しむ前からわたしも苦しんだ。あなたがいるまえから、

わたしはいた。だからもう泣くのはお止め、あなたは私と共にあるのだから…」

 

ハラハラ涙を流しながら、何時間も泣き続けました。

その不思議な体験が終わった後は…

今までの人生の価値観が全て変わってしまったようでした。

 

私はクリスチャンではありません。何かを堅く信仰しているのでもありません。

なのに、何故私にこんな体験が起こったのか…とても私の人生に意味深いもの

となりました。12月になって当時の,この体験を思い出します。

私の魂の誕生月なのかもしれません。

 

“クリスマス”  ホーリーナイト(聖なる夜)の日の意味を、

  少しだけでも考えてみませんか?

  …愛を分け与える日…

 聖人を偲びながらクリスマスケーキを頂きましょう!  

 

                                 メリークリスマス♪

2014年11月

雪の振る前は、寒暖の差が激しく体調も崩しやすいですね。

私は久し振りに風邪をひいて数日寝込んでしまいました。
日々の生活を生き生きと楽しむ為には体調管理が絶対必要です。当たり前と思って
いる事が、健康でないと出来ない事が沢山あります。
今回はちょっとした風邪でも、心身が健康であることが何よりも大切で感謝である
ことを改めて感じました。
    
11月14日は、{世界感謝の日}として表わされております。
実は、私はこの日を前に倒れてしまった事で、本当に感謝とは何なのかを考えさ
せられました。「感謝」といっても何に対しての感謝か、さまざまにあります。
「感じて→謝る」「お陰様→お陰に感謝」陰の存在に感謝。
改めて日本語は素晴らしいと感じます。

お陰様とはマクロ的に表現をしたら…本来神仏への感謝。神仏、大きくいえば
宇宙に守られたおかげで健康に生きているという意味です。
又、ミクロ的に表現をしたら…人は一人では生きられません。家族・友人・会社の
仲間。相手があって生きているもの。誰かのお陰で生きている。
マクロもミクロも同じ全ての存在に感謝であることと繋がり絆を感じます。

私は今回特に強く感じた事があります。それは繋がりに感謝だという事でした。
私がまず心身が健康でなければ、全ての繋がりに様々に影響を及ぼす事。
当たり前の事ですが…いわゆる、心の健康。
そして、身体の健康は…地球生命の大自然の健康に繋がるのです。
当たり前の事でも心の底から感じていない事が沢山あった事に氣づきます。

  この11月14日{世界感謝の日}をきっかけに、皆様もしっかり感謝
 という言葉の意味から自らを見詰めてみませんか?
この世知辛い世の中、面白くないこと、腹のたつことも多いでしょうが、
不満さえ感謝に変えられる心を育てたいと感じます。
風邪をひくのも悪い事ではないですね。私の心の奥深いところで氣づきを教えて
くれました。

  疲れが重なりマイナーな心をひっぱったかな?と感じたら…私の細胞に
「ごめんなさい」を伝えます。そして「氣づかせてくださってありがとうござい
ます。」と、風邪をひいた私の心身に伝えます。そう祈ると…何だか穏やかに涙が
溢れて、病んだ心身に、元気の“氣”を取り戻していきます。
こんな足元の氣づきを通して、私は今回の風邪に感謝しました。

感謝は周りに溢れて満ちています。当たり前のような氣づきが感謝に変わり、人は

人に、そして全ての生命そのものに優しく
なっていくのでしょう。
そう地球生命そのものにも…そして明らかでない神秘の宇宙の
存在にも…

本当に、痛みも喜びも感謝の出来る心を育てる尊い出来事。ですね♪
深まり行く秋に、少し自分自身の心を覗いてみませんか?

2014年10月

金木犀が香しい季節です。

香りで癒され、秋晴れに癒されます。

私の最も大好きな季節がやって参りました。

深まりゆく秋の気配と共に内側を内観出来る季節です。

 

先日、私の大好きな秋桜高原に行って来ました。

秋の風に揺れる秋桜は、少しの強い風にも寄り添いながら美しく咲いておりました。

秋桜高原には沢山の人達が来られておりました。

親子連れ、老夫婦、カップル、友人、兄弟姉妹。

 

人は各々に物語があって、この一瞬に様々な出来事が繰り広げられている…

私はそんな想いの中で、綺麗な秋桜と人々を見つめていました。

  

出逢いと別れ。

先日、長年のお客様を見送ったばかりでした。

「春夫さん・純子さんありがとうございました。特別な事は何も出来なかったけれど、お二人との想い出が大切な宝です。」

秋桜の高原で祈りを捧げました。

 

生まれてから生命を閉じるまでどれだけの方々とお逢いするのでしょう。

私は改めて、今のこの仕事に感謝を致しました。

そして胸に立ち上がる熱い想いは何なのでしょう・・・。

 

お二人のお客様とのお別れは、私に沢山の気づきを与えてくださいました。

秋風と共にお別れしたお二人に改めて感謝を贈ります。

「お二人の笑顔を忘れません。ご家族の皆様と知り合いになれた私達を見守ってくださいね。ありがとうございました。」

 

ゆりの森で出逢ったお客様(このサロンで友人になった皆様)が、温かくおくって下さいました。

 

                        ~祈り~

2014年9月

残暑が残りつつも暑かった夏を見送りながら初秋を感じるこの頃です。

9月2日は父の月命日です。
毎年この日は同じ空気感を感じて父を思い出します。15年前、残暑を感じながら、芒の穂と、優しく咲く秋桜が父を見送ってくれました。

これだけの歳月を経ても父の面影は鮮明です。
「逢いたいな。もう少し長生きしてくれていたらサンドバスに入ってもらえたのに…」毎年やって来る9月の命日に父の写真の前で思います。
でも先日の命日に私の内側にやって来た想いは少し違っておりました。

 霊前での祈りは…「お父さんの痛みは私のいたみ。お父さんも私も、切ない病気を体験して辛かったけど、私がこのサロンを勇気を持って立ち上げる事が出来たのは、様々な心身の痛みを体験したからです。ありがとうございます。天にいるお父さん、私を応援してくださいね。多くの人達が沢山の心身の痛みを感じています。少しでも、お客様に寄り添いながら楽にして差し上げられるように、私と私の元にいるスタッフも共に見守っていてくださいね。そして多くの人々が癒され生きる価値を見出だせますように。お父さんの痛みの体験を共有出来た事に感謝いたします。そして本当にありがとうございました。…」

  私達の命…
どうやら10代さかのぼると1024人の先祖(両親)の下に生まれてきているようです。(凄い数です。)
誰が欠けても私がいない。
その尊い生の誕生の軌跡がかけがえのない父母との出逢いの奇跡をうみ、育みます。
  私は再度、霊前で祈りました。
9月2日
 「お父さん愛しています。」

お盆が過ぎ、まもなくお彼岸を迎えます。

自然災害を含め、様々な事件。人の心が世の中の幸・不幸をうみます。
どうぞ、私の人生の幸せも祈りながら、世の中の人達の幸せも祈り…命を繋いで下さった多くの先人の皆様に感謝の想いをおくりませんか?

9月は優しい祈りの月になりますように…

2014年8月

暑い夏を迎えておりますね。お元気でいらっしゃいますか?

本年の夏は格別に暑く感じます。  極度に冷やした室内から外に出たとき灼熱のような暑さ。このようにして私達の心身は外気温差からくる自律神経の狂いを生じはじめます。そして、しらない間に健康を害してしまいます。

更には冷たい飲食のし放題…など。

私達の体は疲れはてているはずです。

 夏こそ労りを持って心身のサポートを心がけてください。

「夏だからサンドバス!」とミストサウナに貼らせて頂いておりますが、それを読まれて、実際にお客様の一日二回の入浴が増えております。

どうぞ、体験されてみてください。

本当に体が楽になり爽やかな体の軽さを感じます。私も体験致しました。

 更に私は現在努めて心身のケアの為にしている事があります。

 実はニュースキャンというロシア製の機械による心身のメンテナンスです。

この機械は本当に目から鱗です。

ロシアは国家予算の80パーセントを軍事予算にかけると言われております。

このニュースキャンは、最初は軍人の為に開発されたと聞きました。

しかし今では宇宙飛行士の為にも活用されながら民間に導入され、日本では、薬局やエステ、鍼灸師、モチロン病院にも浸透しています。

 サロンゆりの森に数年前に導入しました。

ご愛用くださっているお客様が沢山いらっしゃいます。

本当に心身のケア~又は病んでいらっしゃる方々に好評です。

 詳細は、ゆりの森のスタッフにたずねてください。フロアで詳しくご紹介致します。

 私はこの素晴らしいマシーンで夏バテにならずに、爽やかな健康生活をおくっています。

 心身の悩みは一人で抱えず、お気軽にお声をかけてくださいね。

 時にはリラックスして委ねてみることで、大切な出逢いが待っているかもしれません。

   八月も宜しくお願いいたします。

2014年7月

庭に薄紫の紫陽花の花が咲いております。名は【ミセスクミコ】という品種。
この紫陽花は三年前に義理の母にプレゼントしたものです。

義理の母が鉢から庭の土に戻してくれました。今ではしっかり根を張り、株が沢山増え始めています。通常の紫陽花よりは根づきがよくありませんが、義理の母は一生懸命に育ててくれました。

そんな義理の母の姿をみて、私も実践をしました。
昨年12月、スタッフの黒沢から可愛いシクラメンの鉢を誕生日に貰いました。
実は冬を越えて春先は枯れ始めていました。
南の窓辺に置いたのですがドンドン枯れていきました。
通常は日光と適度の水と暖かさが必要です。
余りにも枯れていくので、私はあえて北向きの窓辺に置いてみました。
すると…どうした事でしょう。当然季節外れですので、花は咲いていませんが、枯れた葉っぱが生き生きしはじめたのです。 そして蕾をつけ始めたのです。今では可愛い花を咲かせています。
本当に小さな蕾から小さい花を咲かせました。 私は凄く感動しました。
後でシクラメンの育て方を調べましたが、やはり、日差しが必要で、私の育て方は、そのノウハウとは完全に当てはまった内容ではありませんでしたが、この季節外れに咲いてくれた事に単純に感動しました。

よく何を育てるにも愛情が必要と言われますが、わたしがした事は届けてくれた黒沢を思い出していた事です。私は業務以外でスタッフの黒沢を“育代ちゃん”と呼んでいます。

このシクラメンの名前を育代ちゃんと名付けていました。可笑しなもので名前をつけると更に情がいくものです。不思議ですね。

特に縁のある名前をつけたりすると、想いがその方に届くのかもしれません。

紫陽花は切り花も、中々水の吸い上げがもたなくて枯れやすいのですが、私の庭先で咲く【ミセスクミコ】をサロンに二輪持って行きました。この紫陽花も感動です。しっかりと長持ちして咲き続けています。
クミコは私の名前だから、私自身が想いいれ、愛情深く見守っているようです(笑)

二つの、お花が氣づかせてくれた愛情。
人間関係も大切に育みたいですね。
七月も宜しくお願いいたします。m(__)m

2014年6月

季節は梅雨の時期に入りました。本格的な夏を迎える準備ですね。

雨にうたれて紫陽花も美しく咲き誇ります。

ツバメは田畑を美しく旋回しながら巣造りを終え子育てに入っています。

ちなみにツバメの巣は外装工事に三日、内装工事に三日かかり約一週間で完成致します。

それにしても、土を張り藁を差し込み見事な建築やさんであり左官屋さんです。
しかも巣を作る場所は民家の軒下を選びます。
私は幼い頃、生家の軒下に巣を造るツバメを一日飽きもせずよくみていました。
子どもの頃は探究心が旺盛ですからね。

母からこんな事をよく耳にしました。
毎年やって来るツバメは生まれた郷里を覚えているし、帰って来て巣づくりをすると…。又、ツバメは運気を運んでくれる鳥であり、巣を作ったら、その家は一年間は安泰の象徴だと聞いた事があります。

雛は夏過ぎまで、はばたきや旋回や餌の取り方の練習をして親鳥と過ごし、越冬は、長い距離を飛びながら東南アジア迄飛んで行き、また帰ってきます。
きっと天界の星々からも応援を貰って郷里に帰ってくる渡り鳥なのでしょう。

ツバメだけでも観察すると不思議な位に感動致します。
その鳥に刻まれた生命を維持する設計図(DNA)に感動致します。
ツバメの生態ひとつ取っても「神様は凄い!」と、一人で感動しています。

「神様」と口にしただけで宗教と思われる世の中ですが、私はこんな足元から神様の存在を幼い頃から信じてきました。

今日は休日の朝…
大人になっても今もなおツバメを観察しつづけている私がいます。

素直に私達人間の座標軸というものを発見したいものですね。 燕尾服のツバメに敬意を抱きながら…

6月も宜しくお願いいたします。m(__)m

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